沿   革

●創  立
   鶴見臨港鉄道株式会社は、鶴見・川崎間の埋立地に大正四年以来建設された大工場群の
   陸上交通運輸の不便を解消すべく、浅野総一郎、大川平三郎、岩原謙三、白石元治郎、渡
   邊嘉一、正田貞一郎、岡和の7名が発起人となり、鉄道省川崎貨物支線より分岐し、埋立地
   を通過して、鶴見駅に連絡する鉄道敷設を企画し、地方鉄道法により鉄道大臣に敷設免許
   を申請し、大正13年4月免許を取得することにより、本会社を創立し、本事業を遂行すること
   になりました。

    

●鉄道事業関係
   大正15年3月、浜川崎〜弁天橋間及び安善町〜大川間が貨物営業開始、その後、安善町
   〜石油間、浜川崎〜扇町間が相次いで完成し、昭和5年10月弁天橋〜鶴見間が完成する
   と同時に全線電化完了し、旅客輸送も開始しました。
   なお、旅客運輸免許の前提条件として鉄道省の要望により、川崎大師〜鶴見総持寺間の海
   岸軌道9.5kmを買収し、昭和5年5月より営業を開始しましたが、諸般の事情により、昭和
   12年11月をもって廃止しました。
   その後、路線を延長し、昭和15年10月、浅野〜海芝浦間営業開始時には、営業路線延
   数は12.1kmとなり、更に昭和18年には、浜川崎〜大森間及び鶴見〜矢向間の鉄道新線
   敷設の免許を保有し、益々発展の機運にありましたが、同年7月1日付をもって国家総動員
   法の発令により、営業全線を国に強制買収されました。

  
鉄橋を渡るSL 沿線案内パンフレット


●バス事業関係
   昭和6年10月、本山〜二本木間の営業を開始、その後路線を綱島温泉まで延長、昭和12
   年前記海岸軌道の廃止に伴い、同区間にバス路線が設けられたのを機会に、バス部門を独
   立して、鶴見川崎臨港バス株式会社を設立し、更に昭和13年4月、川崎乗合自動車を吸収
   合併し、同時に社名を川崎鶴見臨港バス株式会社に変更し、その後資本の異動により現在
   は京浜急行電鉄株式会社の子会社として営業中であります。
 

●鉄道強制買収後の推移
   当社の主唱により、被買収鉄道会社を連合して「被買収鉄道還元同盟会」を結成し、昭和2
   4年に鉄道還元法案が国会で審議され、衆議院で可決されましたが、参議院で審議未了と
   なり、昭和26年に再上程されましたが、同じく審議未了となったまま還元運動は終息せざる
   を得ない情勢となりました。

●不動産事業関係
   上記以降においては、社有地の賃貸及び物品の販売等を主な事業としておりましたが、昭
   和60年10月JR鶴見駅西口隣接の社有地を利用して商業ビル「ミナール」を建設し、営業を
   開始いたしました。平成6年3月にはJR鶴見駅西口近くの社有地に賃貸独身寮を建設し、一
   括賃貸しております。

                                     
   
「ミナール」3階 JR鶴見駅西口改札よりの入口    東亜ハーモニー鶴見寮

           

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